大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)1112号 判決

上告人

高崎明

上告人

宇野良和

右両名訴訟代理人

林光佑

被上告人

豊橋市南離部農業協同組合

右代表者理事

河合茂

被上告人

鳳来町農業協同組合

右代表者理事

橋本健

右両名訴訟代理人

小栗孝夫

小栗厚紀

榊原章夫

石畔重次

渥美裕資

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人林光佑の上告理由一ないし四について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同五について

本件共済契約における災害給付金及び死亡割増特約金給付の免責事由である「重大な過失」とは、損害保険給付についての免責事由を定める商法六四一条及び八二九条にいう「重大な過失」と同趣旨のものと解すべきところ、これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実によれば、亡敏朗は、本件事故当夜酒を五、六合飲酒してかなり酩酊のうえ普通乗用車の運転を開始し、事故発生時においてさえ血液一ミリリットル中0.98ミリグラムのアルコールを保有しており、同人が右アルコールの影響のもとに道路状況を無視し、かつ、制限速度四〇キロメートルの屈曲した路上を前方注視義務を怠つたまま漫然時速七〇キロメートル以上の高速度で運転をして、折から路上右寄りに駐車中の本件レッカー車に衝突した、というのであり、右事情のもとにおいては、亡敏朗は極めて悪質重大な法令違背及び無謀操縦の行為によつて自ら事故を招致したものというべきであるから、右は本件共済契約における免責事由である「重大な過失」に該当するものと解するのが相当である。これと結論において同趣旨にでた原判決は結局正当であり、論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人林光佑の上告理由

原判決には、判決に影響をおよぼす理由不備、証拠法則の適用の違背および法令適用上の誤りが各所にあり、原判決を取り消され、「重大な過失」抗弁が立証不十分であるとして上告人の請求認容の判決をされたい。

一、はじめに

1 本件の論点は、本件事故の発生原因において亡敏朗(以下運転者という)に「重大な過失」(共済契約における免責抗弁)があつたか否かにある。

2 原判決は、右抗弁事由があつたとしているが、その理由は

(1) アルコールの保有(血液一ミリリットル中0.98ミリ)があり、かつ、これに影響されて運転していたこと

(2) 「闇夜、道路状況を無視し」たこと

(3) 速度七〇キロメートル以上の高速運転をしたこと

(4) 以上の事由は、運転者の「重大な法令違反及び無謀運転」であり、右抗弁事由に該当する

にある。

3 そして右の各認定はもつぱら甲第一号証(写真部分を除く)によつて認定し、その余の積極的な証拠なくしての認定である。

4 しかし、右甲第一号証は極めて杜撰な証拠であり、このために前記(1)(2)(3)の各認定は証拠不十分ないし理由不備とならざるをえない。また、「重大な過失」そのものの当てはめも誤つている。

以下右事由を順次述べる。

二、アルコールの影響については明らかに理由不備であり、かつ証拠法則の適用を誤つている。

1 原判決は、血液一ミリリットル中0.98ミリグラムの血中アルコール保有でもつて、直ちに「アルコールの影響下に」と断じている。

2 しかし、このような経験則ないし社会的知見は全く存しない。

むしろ、血中アルコール度1.5ミリグラム以下の微酔下では、具体的な外部的な徴表のでていない限り、正常な運転能力に支障があるとはいえないとされているのである(加藤一郎外「新自動車事故の法律相談」六七五頁。安西温「自動車交通犯罪」五二頁)。また、アメリカ合衆国統一車両法典五編五章五四条b項二号も影響がないとして消極的な考えに立つている。

3 このような当然に影響あるといえない微酔段階(しかも本件では、同レベルの最上値1.5ミリグラムに対し、0.98ミリグラムと更に低位のレベル値である)の状況において、何の証拠等を示すこともなく(また理由付もなく)直ちに「アルコールの影響下」と認定したことは明らかに「理由不備」ないし「証拠法則」を誤つたものといわざるをえない。

4 とくに本件の場合、運転開始時運転者の動向をつぶさにみていた証人村田郁子は、「そのときの足どりは何時もと変わらず、私(妻)は何とも思いませんでした。そして正常な足どりで車に乗り込みました」(五項。正常な状況であつたことについて同じく七項・四三項・五九項)と証言し、アルコールの影響があるとの具体的な外部的徴表は全く存在しなかつたのである。原判決は、この証言の評価作業すらすることなく、直ちに「影響あり」と断じ、重大な過失認定に結び付けている。

三、「闇夜、道路状況を無視し」とは何を指摘しているのか全く判文上不明で理由不備である。

1 原判決は、第5項にて突如重大な過失認定の要因として道路状況の無視をのべている。

2 しかし、判決理由のどこにも右の「道路状況」を無視してとはいかなることを指摘しているのかのべた部分がなにも存しない。

3 本件の道路状況の特殊性は、

(1) 一面畑で人家もなく、市街地から離れた農村地帯の道路であり(甲第一号証)

(2) 交通は、夜間ほとんど存しない(同)

(3) そして、運転者の進行方向に左へカーブしており

(4) カーブ終了先に「右側駐車」し、かつ「尾灯もつけない」レッカー車が駐車されていた

ことである。この特殊性からは運転者に対し様々な形での注意義務の軽重判断がありうる。一つは、闇夜で前照灯のみで走行している以上、除行し最大注意を払つてそろそろと行くべきだつたとの考えもありえようし、逆に通常一般人の本件のような道路を運転する仕方からみて「気を抜いて」安心し、制限速度以上に慢然走行しがちであるから、その状況下で非難性を判断せざるをえないとの考え方もありうるのである。まして、右側に違法駐車している車両がカーブ終了先にあるときそれに予めどのような配慮をすべきなのかについて多様な考え方がありうるのである。

4 ところが、原判決は重大な過失判断の主要な要因として「道路状況無視」を掲げながら、右の諸点についてなにも理由付をせず、かつこれに伴なう裁判官としての判断も示していない。これは原判決における重大な理由不備といわざるをえない。

5 なお、原判決は、運転者からクレーン車を予め発見することは「容易」であつたとしている。この認定は甲第一号証の記述のみによつて推論している。しかし、甲第一号証に「カーブしていても前方のみとおしは良好である」との見聞者の記述だけからは本件の状況下において何について良好だつたのか全く不明瞭である。

甲第二号証写真(一)(二)に示されているとおり本件カーブの程度は甲第一号証添付の現場見取図の「ゆるやかなカーブ」ではなく、強く左折した形である。従つて「前方」をみとおしうるのはカーブに入つてからであり(同写真(三))、それ以前は畑上を通しての斜めの見通しにすぎない。

しかるに、本件の運転者は闇夜前照灯のみを頼りに前方を照射しつつ走行していたもので、灯火により写し出される状況は光の届く先、届かぬ先によつて全く様子はことならざるをえない。しかも、クレーン車は右側駐車していたのであるから、この場合運転者として「右側違法駐車であるから左側に走行余地がある」との認識が予め生じえなければ「容易」にとは言いえないのである。しかし、この前照灯のみが明りであり、かつ右側駐車という二つの特殊性下にあることを前提にしての容易性につき甲第一号証は何も指摘していない。しかるに、原判決は、この二つの特殊性を踏えて独自に「容易性」を判断すべきであつたのに甲第一号証の記載に安易に従い判断したのは理由不備といわざるをえない。

本件の場合、「容易」にクレーン車の存在や左側方に通行余地を発見できるとの証拠は全く存しない。

四、七〇キロメートル以上の高速運転をしていたとの点は、証拠法則の適用を誤つた判断である。

1 原判決は、運転者が七〇キロメートル以上の高速度にあつたと認定している。この理由は、次の二つにある。

(1) 自重7.68トンのクレーン車を1.2メートル移動させて停止したこと。

(2) スリップ痕が二七メートルの長さで、この痕の長さからだけでも時速六二キロメートルであること。

2 (移動について)第一に、クレーン車を1.2メートル動かしたとの事実は証拠上極めて疑問である。

甲第一号証の記述に「クレーン所有者平河が、1.2メートル押し出されていると説明した」とのことと「押し出された部分だけ路面にタイヤ痕が認められた」とのことがあり、原判決はこの記述から「1.2メートル押し出された」と推定した。

3 自重7.6トンのクレーン車が、1.2メートルも本件事故により動いたものであれば様々な形での影響が、右以外にもあつて当然である。例えば、一つはクレーン車下に喰い込み押し出していつた衝突車両のタイヤ痕跡が、強く明瞭に生じなければならない甲第三号証の一は、甲第一号証添付写真と同一であり、衝突車両の後部から撮影したものであるが、車輪手前にスリップ痕の端が路面に写されておりながら、その端と後輪の間には何のタイヤ痕跡も写し出されず、押し出しの際に生ずべき痕跡がない状態がみられる。この不存在からすると押し出しの事実はむしろなかつたと推定するのが合理的である、原判決は、この事実につき「運動のエネルギーの消滅には複雑な力関係が働くものと認められ……タイヤ痕のないことをもつて駐車車両が移動したことを否定することはできない」とのべている。しかし「複雑な力関係」によりどうして一般通念上生ずべきタイヤ痕が何故生じなかつたのか何の説明にもならず全く趣旨不明の理由付である。二つは、クレーン車が左後方から力が加えられ1.2メートルも動いたとき、左後輪方向への一方的加力と右後輪の静止状態とから、クレーン車は右方にぶれるようにして移動したクレーン車両は道路に平行でありえないことである。しかし、甲第一号証の添付見取図によるとクレーン車はまつすぐに前方へ移動し、道路に平行に停止している状態が記載されている。

4 これら二つの不自然な例をあげたのみでも、1.2メートル移動したとのことが、本件衝突によりあつたのかどうか不分明である。

甲第一号証の記述にある平河の説明には同人の思い違いもありうるし、また見聞者のみた移動のタイヤ痕跡なるものも、真実移動によつて発生したと考えてよい痕跡であつたのかどうか、例えば除行しての停車作業時生ずるタイヤの明瞭な紋様でなかつたのか、クレーン車の全タイヤについて同種のタイヤ痕跡が生じていたのかどうか、他の車両による痕跡がたまたま存在しそれと混同していないのかどうかなど多くが疑問として存在する。

5 以上より、原判決が、甲第一号証の記述から直ちに1.2メートルの移動が衝突車両により生じたとのことは証拠法則の適用の誤りがあるといわざるをえない。

6 (二七メートルの痕跡について)

甲第一号証添付見取図に右後輪のタイヤ痕跡が、二七メートルであると記載されている。しかし、この二七メートルのすべてが急制動下に生じたものかどうか。とくに曲り角部分のためにカーブ痕も加わつている可能性も考えられねばならない。右図によるとタイヤ痕は、ほぼ直線に描れているが、添付の写真(乙第一号証が同一のもの)二葉目によると左へ明瞭にカーブしているのであり、カーブ痕も一部につき十分にありうるのである。

7 また、右の検尺自体の正確性も疑問である。右図は、午後一一時五〇分から午前一時の七〇分間の見聞調査時の資料にもとづいて作成されているが、原判決も指摘するとおり杜撰であり、かつ想像を加えた不正確な図である。図には、四条のタイヤ痕跡が記載され中二条は途中で交差している。しかし、現場写真図(乙第一号証)には、タイヤ痕跡が明瞭に写されているところ、三条のタイヤ痕跡しかなく、しかも、交差する状況は全く写し出されていない。写真は、一応現場の状況を客観的に表現していると考えられるから、右図の信憑性は少なくともタイヤ痕につきないものと判断せざるをえない。原判決は両者の相違を「多少の相違」とするが、四条と三条、交差と非交差とは著しい相違であつて、多少の相違と弁解し無視しうるものではない。

以上より、甲第一号証の添付見取図のタイヤ痕跡図をもつて速度推定した原判決は、証拠評価を誤つたものといわざるをえない。

五、「重大な過失」の適用の誤り

1 以上のとおり、原判決の重大な過失の要因とした各事実の認定は余りにも理由不備ないし証拠法則の適用を誤つたものであり肯認することはできない。

2 さらに、重大な過失の解釈適用にも誤りを犯している。原判決は、第一審判決と同様重大な過失を、「自ら招いたともいい得る事故」で保険団体に対する信義に反し公序良俗に反するか否かにてらし決すべきものと考えたものと思料できる。

3 さて、保険金給付の免責事由である重大な過失は、有償の契約にかかわらず給付されない場合であるから、保険契約時において「給付されぬのは当然」と暗黙のうちに合意される程の明らかな重大過失の場合に限られるべきである。

けだし、保険に加入する目的には、「誰にでもふつとした気のゆるみ時に陥り易い事故」への不安、いいかえれば、よくありうる「気のゆるみ」に対する恐念手当の意図が根底にあるのである(大森忠夫「保険契約の法的構造」二〇五・二二七頁)。従つて重大な過失とは、「ほとんど故意に近似する注意欠如の状態」(大判大正二年一二月二〇日民録一九・一〇三六)とされ、一般的世間的意味でのいちじるしい不注意を意味しない(秋田地判昭和三一年五月二二日下民七・五・一三四五、松岡誠之助「保険判例百選一〇〇頁)。第一審判決も一応これと同旨の解釈をしていると思われる。

4 本件事故は、前述のとおり、真夜中車のほとんど通らず、人家もない田園地帯の中で発生した事故である。一般通常人は、このような時間や道路の状況の場合、障害物ははないと大いに安心した気持で、かつ速度も速くなり勝ちに走行することは公知の事実である(高速道路での制限速度と車両速度の関係も同様)。また、運転に支障のない程度の飲酒をしていても「誰も通るところでもないから」と明日の車の必要性も考えて安易に運転する。

本件運転者の運転は右の状況においてなされたもので、何人においてもし勝ちな運転なのであつてことさらに「無謀運転」とされるほどの非日常的なやり方ではない。むしろ、一般通常ありうる形態の一つであつて、「ほとんど故意に近似する注意欠如の状態」という無謀運転扱いをするべき事案ではない(また本件は左カーブの終了先に右側違法駐車車両が存在していたとの事情がある)。

5 このような本件に重大な過失を適用した原判決には、「重大な過失」の適用に誤りがあるといわざるをえない。

なお、飲酒運転を「重大な法令違反」とし重大な過失判断の一要因にしているが、前述のとおり、右飲酒と本件事故発生原因との間に因果関係がある旨当然には認め難いのであり、この点に理由不備・証拠法則の誤りがある以上、重大な過失判断の一要因としえないことも明らかである。

六、結論

以上より、原判決には判決に影響を及ぼす法令適用の誤り、理由不備が多々あるのでこれを取り消され、免責事由を証明する証拠が不十分であるとして上告人の請求を認容する判決をされたい(被上告人には、すでに証拠調べした証拠以上に新たな証拠はないと考えられる)。

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